「登山道」は何のためにあるのか
「道」を通して私たちは様々な世界との出会いを体験します。美しい景色、見知らぬ人々、異なる文化、大地の記憶、あらゆる可能性を結びつけるものが道といっても過言ではありません。
登山道は、山や高原や渓谷に私たちを誘う道です。
山には、アクセスが難しいからこそ人間社会が失ってきた厳しく、繊細な、世界の原風景に近い自然環境が残り、それゆえに私たちに多くの学びや体験をもたらす存在だということができます。
しかし、生態系や景観美が繊細だからこそ、利用の負荷が集中する登山道によって環境が壊されてしまうという事態が、各地で起こっています。
なぜ道の荒廃が進むのか
集中豪雨やオーバユースなどによる加速度的な土壌侵食が進行する中、整備する人員がおらず放置される登山道がある一方、自然そのものの価値を顧みず「人が快適に通行できれば良い」という誤った認識から過剰な整備を行ってしまい、返って景観や生態系を壊してしまう事例も少なくありません。
こうした登山道を巡る混乱は、私たちの社会が自然環境の本質的な価値を充分に議論し、共有することを怠ってきてしまった結果だということができます。