NOW and FUTURE 現状と今後

Section 01 崖っぷちの山岳保全

なぜ、登山道を保全しなければならないのか?
私たちが現場人として日々向き合っている課題です。1934年、国立公園として日本の山岳地がはじめて認定され、現在30を超える地域が国立公園として管理されています。しかし今、そのほぼすべての地域で登山道を含む歩道の崩れが起きています。道が歩きにくくなるだけでなく、登山道の崩れが続き、貴重な生態系や素晴らしい風景が無くなっていても、それを止めることができず、山岳荒廃が加速しています。
その起因は「利用(登山者)によるダメージ」がきっかけとなっていますが、それを「放置すること」また、「生態系に合わない施工」も崩れを加速させる要因となっています。

崩れた登山道を歩く登山者(北アルプス)
崩れた登山道を歩く登山者(屋久島)

しかし何よりも「管理の仕組みができていないこと」が荒廃を止めることができない最大の要因だと考えます。例えば一般の道路であれば、崩れたらその度合いに応じて整備されます。その整備方法には基準があり、それにのっとった管理がなされます。しかし登山道や自然歩道には崩れに対する基準はなく、危険が起きるほどの崩れになってようやく整備される程度です。しかも崩れの原因を把握することなく整備されてしまい、直してもまたすぐに崩れてしまう施工もよくある事例です。

侵食の起因は私たち登山者。その崩れを自然現象が拡大していく。

国立公園は、国がしっかりと管理すべき、という声もあります。
しかし、(国立公園は登山者の利益に資する場所で)「登山はレジャー」という位置付けである限り、登山者(国民の5%程度)のレジャーのためにたくさんの税金が投入されることは今後増えるようには思えません。
国の対応も、行政間の国立公園に対する温度差や、それぞれが持つ法律に縛られた運用、時に「崩れるのも自然現象」という価値観の違いもあり、ひどくなる荒廃に対応できているとは言えないのです。しかし、はたして国立公園の保全は「一部の人たちのレジャー」の問題なのでしょうか?
ことさら環境危機の時代に生きる私たちにとって、国立公園などを通して、改めて自然に学ぶ機会を得ること、それを適切に後世に残していくことは、登山・レジャーの文脈にとどまらない、かけがえのない価値があることだと私たちは確信しています。

凍土が溶け、土壌が流れている状態(大雪山)
登山道が削られ法面の植物群が耐えきれず崩れ落ちる

そして、これからは間違いなく気候変動による影響も大きくなっていきます。大雪山などの高山帯では地形を形成している凍土が溶け、今までにない侵食が起き始めています。しかしこれらは調査すら行われていない状態です。植生や昆虫の分布変化やシカの食害による下層植生の減少など、山岳環境は大きな変化点に来ているように感じます。
全ての人が恩恵を受けている自然環境を守るすべがない状況を改善すべく、私たちは現場で日々多岐にわたる課題と向き合っています。

管理されず放置された登山道。10年で侵食は進む。(大雪山)

Section 02 「近くの目標」と「遠くの目標」

ここまで進んでしまっている荒廃に対して、どうしたら良いのでしょうか。
私たちはいくつかの目標を持っています。
現場で改善を模索していく 「近くの目標」。
そして、人間と自然との共存を見据えた「遠くの目標」。 どちらも進めることで保全の取り組みを次世代へ繋いでいかなければなりません。

近くの目標

  • 今ある制度での管理の仕組みつくり

「管理されている状態」とは、利用や自然現象による崩れと保全による復元が拮抗している状態。要は利用しても悪くなっていかない仕組みを作ることが「管理」です。
今までもいろいろな保全への取り組みはありました。行政も登山者も民間団体も研究者も企業も、それぞれが小さなアクションを起こしていました。しかし、小さなアクションでは、もはやこの大きな荒廃には立ち向かうことはできません。
しっかりとしたビジョンを打ち出し、バラバラになっている小さな力を集結させ、同じ将来へ向かって進む必要があります。
きっと今以上にそれぞれの負担は増えるでしょう。しかし、それが出来なければ国立公園として成り立つことはありません。

遠くの目標

  • 自然環境を守るべく法律を変えていくこと。

現状の法律(自然公園法)は「自然環境の保護と、快適な利用を促進する」とうたわれていますが、今のままでは自然の荒廃を止めることはできません。現状に合わせた法律の刷新が必要です。


  • 「自然はレジャーのため」から「自然は文化の基盤にあるもの」という価値観を作ること。

文化とはその地域の様々な自然環境から生まれるものだと思います。自然と共存していくには、登山というレジャーやスポーツという価値観だけでなく、自然とのかかわりを増やし、教育や文化としての視点で自然環境を見直すことが必要だと考えています。


実は海外の国立公園では、この管理の仕組みは当たり前にできている場所が多く、これほどまでに崩れを放置することはありません。現在日本ではトレイルランニングやインバウンドの取り込みで利用を増やそうとしています。しかし利用による侵食が増えた時、それに対応するアクションがなければ、日本の国立公園は「自然の使い捨てをしている」とみなされ、国立公園としての価値は低く見られてしまいます。
今の制度の中で「保全の仕組みを作ること」は喫緊の課題なのです。
私たちは、行政や山小屋が担ってきた山岳保全を発展させるべく、登山者の力、企業の力、研究者の力など、それぞれの強みを生かしながら山岳保全の力に変えていける仕組みを目指しています。

ボランティアとして登山道整備を楽しむ人たち

この数年、山を楽しむジャンルが増えてきました。百名山のピークハントだけでなく、トレイルランニング、ロングトレッキング、おひとり様キャンプ、低山ハイク、はたまた山ご飯を楽しむ人まで・・。多くの人は利用による崩れなど気にしていないでしょう。ですがもし、この登山者の10人に一人が荒廃について興味を持ち、そのうちの10人に一人が保全への行動を起こしたらどうなるでしょうか。すなわち登山者の100人に一人が保全ボランティアとして行動したら・・。現在登山人口は500万人。全国で5万人の保全ボランティアが誕生することになります。その5万人が日々、どこかの山を治している未来が想像できた時、利用者である登山者も保全の一翼を担うことが必ずできると信じています。そして、海外の事例を見ても、こうした草の根の努力が大きな潮流になった時にこそ、実践的な制度や保全活動をめぐる経済基盤が社会に備わっていくのです。

Section 03 私たちの「やるべきこと」

山を維持管理するには多くの知見が必要であり、生態系復元のための登山道整備は非常に難しい作業です。生態系への理解や知識、侵食作用のメカニズム、風景が織り成す力学を見抜くことも大切です。

現在多くの登山道整備は「登山者が歩きやすく」という利便のための施工がなされています。しかし、その発想では侵食や荒廃に対応できない場所も多くなっています。整備したことによる侵食作用の増加や風景の悪化も見られます。保全にかかわる人がただ増えれば良い、というものではないのです。

私たちが行なっている整備は「それは自然のためになるのか」という自問自答から始まります。人の利便向上だけでなく、生態系が存続し、いつまでも素晴らしい環境が続き、それを人間が楽しむことができる環境を作ること。生態系を守り、山岳文化の視野を広げることが、自然との共存を深めていく手段になると考えます。

自然への知見を伝え、正しい施工方法を見出す人を作ることは、これからの保全にとってなくてはならない取り組みです。道路工事ではしっかりとした基準のもと整備が行なわれるように、登山道整備も生態系と利便のバランスという基準をもってなされるべきなのです。

近自然工法での登山道整備施工から
約20年の経緯

各地に整備を指導できる人がいること。
各地に保全の取り組みを発信できる人がいること。
その人達がボランティアを集めてしっかりとした登山道整備ができるようになること。
各地の団体が繋がり、情報や技術共有ができるようになること。
企業が山岳保全をバックアップし、発信できるようになること。
行政とともに国立公園の在り方を作り出していけること。
子供たちに自然との関わりを楽しめる機会を作ること。

たくさんのことをやらねばなりませんが、これは大きな負担と言えるでしょうか?
確かに手間は増えます。お金も必要です。熟考も苦労も多々あるでしょう。でも私たちにとっては負担ではありません。人と自然が今よりももっと深くかかわりあえることは、負担以上に楽しみがあり、好奇心を刺激し、きっとそれらは経済も動かします。素晴らしい生態系を守る、という作業は、担った人の誇りにもなります。

ボランティアの方々と一緒に整備した翌年、その場所を歩いてみると植物の小さな芽が出ていた時。不思議な感動を覚えます。登山で得られる自己の満足ではなく「この景色を、この生態系を守った」という他者との共鳴です。山岳保全は負担や責務ではなく、自然と深くつながることができる手段なのです。
そんな手段を作り出していくことが私たちの役割だと思っています。

ACTIVITY 活動紹介

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