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日本山岳歩道協会設立にあたって
発起人が語る活動の意義

本協会設立に際する発起人4名それぞれの想いをインタビュー形式でお伝えします。

PROFIFE

YAMAP
春山 慶彦
Yoshihiko Haruyama

ヤマップ代表取締役CEO。1980年福岡県春日市出身。同志社大学法学部卒業。アラスカ大学フェアバンクス校野生動物学部中退。株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部勤務後、独立。ITやスマートフォンを活用して、自然や風土の豊かさを再発見する仕組みをつくりたいと思い、2013年3月にヤマップのサービスをリリース。アプリのダウンロード数は2024年7月時点で450万ダウンロードを超え、国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。

登山道整備は大きなポテンシャルを持っている

ーーこのタイミングで協会を設立した理由についてお聞かせください。

春山:まず大きな観点から話し始めるのがいいかなと思います。いま社会全体が変わらないといけないときだと思うんですね。戦後つくってきたシステムが制度疲労して、経済も右肩下がりになっている。価値観も変わって、アナログからデジタルになり、さまざまな意味で変革期を迎えています。そのなかで、登山業界もやはり変わらないといけない時期に来ています。

今までは石油価格が安かったので、その恩恵でヘリコプターを活用した物資輸送が可能となり、登山ブームを経験してきた山岳関係者たちを中心に登山道を整備するという形をとってきました。しかし、そのシステム自体が限界に近づいています。

次のモデルをどうつくっていくかを考えると、アナログもデジタルも知っている30代〜40代の人たちがその役割を担うことになると思うんです。バブル経済は経験していないけれど、景気がよい時代を知っている先輩たちを上に見ながら、自分たちはどう生きていこうかと考えてきた世代です。

ここでいう「新しい制度をつくる」というのは「革命を起こす」という意味ではなくて「上書きする」ということ。もともとある登山文化や制度に敬意を持ち、これからの時代に合うよう変えていく移行期だと思っています。本当の意味で大きく変革するのはいまの10代や20代であって、いまはそのための地ならしをしておく時期だと考えています。

まず日本の登山業界のなかで一番変えなければいけないことは、国立公園のあり方と山小屋の関係性の歪み、それらを含んだ登山道整備についてです。登山道を利用している私たち登山者は整備することに関心もなければ、そこに費用を出すという考え方もないのが現状ですから、やはりそこを変えていかなければなりません。

登山道整備に関わる制度やお金の問題について新しいモデルをつくることができれば、それを横展開することで持続可能な自然観光のモデルができるのではないか。国立公園や里山などを手入れしながら、より豊かな自然をつくることができれば、次の世代に渡すに値するよいバトンになるんじゃないかと思っています。

人が適度に手を入れることで自然がより豊かになる。こうした活動そのものが日本の自然観を象徴するものでもあるので、世界に発信していけると考えています。

ーー登山道整備は大きなポテンシャルを持っていると。

春山:そうです。けれどいまはまだ、登山道整備を課題として捉えている人が少ない。そんななか、伊藤二朗さんや花谷泰広さんは、近自然工法で登山道整備を長年進めてきた岡崎哲三さんに感化されて学びを得たり、ともに協力し合ったりしています。これはすごくいい動きだと思っています。

僕らヤマップはフィールドを持っていないので、フォロワーという立場なんですね。先陣を切って活動している彼らを孤立させないことが、すごく大切だと考えています。イノベーションが起きるときには、フォロワーがどれだけいるかが重要だからです。

僕らがフォロワーになることで、彼らが大事にしている価値観を束ねてユーザーさんに伝えていく。それがヤマップの役割だと思っています。

イノベーションの意味を深める作業を行わなければ、どんなによい活動であってもムーブメントにはなり得ませんし、文化としても根づきません。それはいまのタイミングを逃すとなかなかできないことです。

タイミングには僕らの年齢も関わっています。僕ら4名がちょうどエネルギーもあって、社会的に活躍できる世代であること、社会に対して責任ある発信ができる世代であることも大きいと思います。

ーー世の中のタイミングと4名の皆さんのタイミングが合ったということですね。

春山:おそらく20年前だったらこういう話をしても、多くの人が理解しにくかったと思うんですよ。コロナ禍を経験して、たくさんの人が自然の必要性を感じたでしょうし、山との関わり方についてももっと深めていきたいという思いが強くなってきている気がします。

たとえば自分が好きな山で、汗を流して登山道整備に携わってみる。そうした経験からまた違った山の見え方ができるようになると思います。

「第1回日本山岳保全サミットin大雪山朝日岳」にて。ヤシ繊維を編み込んだネットを使って補修する

東日本大震災やコロナ禍を経て変化した日本人のマインド

ーー春山さんはヤマップの事業を通して山の世界でイノベーションを起こし続けています。冒頭にもお話されていましたが、社会背景についてどう捉えておられるか、もう少し詳しく伺えますか。

春山:この100年くらいを振り返ってみると、日本の高度成長期には仕事と個人の生き方は分けるものと考えられていました。僕も20代の頃はよく職場で「公私混同するな」と怒られました。ところが2011年の東日本大震災以来、仕事と生き方は重なるようになってきました。放射能をきっかけにして、エネルギーや食について真剣に考え直さなければいけなくなったのが理由だと思います。

いまはさらに進んで、生き方の延長で仕事をするというのが当然になってきています。とくに若い世代では顕著です。つまり裏表が通じない、ダブルスタンダードが通じない社会になってきているということです。

SNSの発達によって、誰もが発信者になれる時代なので、裏表があるとすぐにばれてしまうし、本気でやっているかどうかも見破られてしまう。だから、生き方の延長で仕事をする。自分が大事だと思うものを大事な人に届ける。自分が食べないものは他の人にも食べさせない、という価値観になってきています。

この10年を見てみると、サステナビリティやSDGs、サーキュラーエコノミーなどの環境文脈の話と、ウェルビーイングのような話題が同時代に出てきていますよね。これらを一つ高い次元で抽象化すると自然観の話になると思っているんです。

気候が大きく変化して資源が枯渇していくなかで、自分たちはどう生きるのかが問われています。環境や自然が安定している間はそんなことを考えなくてもよかったわけですけれど、10年に一度と言われるような大規模な洪水や山火事が頻繁に起きていて、環境や自然をどう捉えるかが重要になってきているのを感じます。そういう意味では、少し前のキャンプブームもそのひとつだと思いますし、これから一次産業も間違いなく見直される時代になってくると考えています。

こうした背景があるからこそ、この協会が発信しようとしていることも20年前よりは上手く伝わるだろうし、理解も進んでいくのではと思っています。

技術者の資格制度をつくり、山域ごとに適正に配置

春山:これからの時代は企業も含めて、人が豊かになることと同時に環境風土も一緒に豊かになることを考えていかなければならないと思います。それは両立できるはずなんですよ。これまでは大量生産を行って経済優先できたからできなかっただけです。

二つを両立した活動を、ボランティアベースではなく事業としてどうつくっていくかは、おそらく世界的なトレンドだと思います。その意味で考えても、山の整備は非常に面白いと思うんですね。人が手を入れることで環境風土が豊かになる近自然工法の考え方は、とても日本的です。

そう考えると、登山道整備に関わる技術者の資格制度などもあっていいと思いますし、僕らの山のインフラを守ってくれているのだと考えたら、もっとさまざまな予算をつけてもいいはずです。

ーー技術者を育てる制度を整えることは必要な時期に来ていると感じます。

春山:ちょっと登山道整備から話が逸れてしまうのですが、いま山における深刻な課題の一つにシカの食害があります。シカが増えすぎて植物が激減し、山が痩せてしまっているんです。

北海道で牛を何頭も襲ったOSO18というヒグマがいますけれど、なぜOSO18が牛を襲うようになったかを調べてみると人災ともいえるんですね。北海道も非常にシカが増えていて、かつては鹿肉の美味しい時期だけが猟期だったものが、いまは一頭仕留めたら奨励金が支払われる仕組みになるなど、猟期を設けていない自治体がかなりあります。

そうすると、奨励金で稼ごうという人が一定数出てきて、シカを仕留めてもそのまま亡骸を捨ててしまうそうなんです。放置したシカの死体の肉をヒグマが食べ、肉の味を覚えて牛を襲うようになってしまったと。つまり、撃ったシカをきちんと処分するところまで含めて補助金を出すようにしていたら、OSO18のようなクマは生まれなかったかもしれないわけです。もちろんヒグマは頭がよくて個体差が大きいので一括りにはできませんが、このように人間が獲ったシカを遺棄していることも要因のひとつと考えられています。

全国で自然に関わる仕事がしたいという人は結構たくさんいると思いますが、いまは職業自体が減ってきていますよね。山小屋で働くか、アウトドアメーカーに勤務するかなど限られています。ですから、こうした狩猟も含めて、自然を舞台にした職業が成り立つ状況をどうつくるかも大きな課題で、今後、登山道整備が職業になるのであれば喜んで携わる人は多いと思います。

必要な道具を手分けして背負いながら作業現場へと向かう

ーー自然に関わる職業を増やすことについて、具体的にはどういうプロセスを想い描いていらっしゃいますか。

春山:登山道整備についていえば、まずは技術者の育成ですね。岡崎哲三さんなどを見ていると職人であり、立派な技術者だと感じます。登山道整備は都市型の土木ではないので、技術の習得には時間がかかります。山の地形や水の流れを見ながら、どう登山道整備をしていったらいいのか。現場にあるもので、どうやって登山道をよくしていくかという観点が必要で、これはクロード・レヴィ・ストロース(フランスの文化人類学者)でいうところの「ブリコラージュ」(既にあるものを寄せ集めて何かをつくり出すこと)に当たる気がします。そうした技術は現場作業を一緒に積み重ねることによって体得できるものです。

それから、国立公園の大きさや登山道の長さなどに応じて、技術者をきちんと配置していくことも重要だと考えています。さらに技術者だけで整備するのではなくて、山小屋や登山者、観光客などを巻き込みながらの整備活動を持続可能な形でできたらいいなと思っています。

いま、登山道整備は伊藤さんや花谷さんのように山小屋の人たちが行っているわけですが、それは登山道の現状維持であって、管理ではないわけです。石が落ちていたりして歩きにくい箇所を修正するという活動が基本です。一般的な登山道管理は国の管轄で、環境省の仕事なので、制度的に見るとすごくいびつなんですね。

では環境省がレンジャーを派遣して登山道整備を行うかといえばやらないわけで、大きな整備を発注する場合も、自然や山を理解している人に発注するのではなくて、街の土木工事者に発注したりするので、自然に即した整備とは言いがたくなっている。

これは誰が悪いということではなくて、上流から制度をつくり直すことをせずに、部分最適化でここまで来てしまったから起こったことでもある、というのが僕の認識です。

フォロワーをつくり、社会への理解を深めていく

ーーこれから協会が進むべき道をお聞かせください。

春山: 協会としてのステップは3つに分けられると思っています。1つめは、現場の活動を発信していくこと。2つめは、登山道整備ができるスペシャリストを育成する仕組みをつくっていくこと。3つめが、国立公園に関する政策提言です。

ステップ3についてはまだ具体的に思い描くところまでいっていないのですが、官民学が連携しながらモデルをつくって、それを横展開させていくのが面白いのではと思います。いまはこの3ステップをどのタイミングで進めるか、模索しているところです。

そのなかでヤマップの役割としては、やはりフォロワーをつくることにあるでしょう。現場で活動している人たちを束ねてムーブメントを生み出し、文化として醸成していく。こうした課題に感心があるのは、すでに自然の恩恵を受けている人たちだと思うので、まずはそうした人たちを巻き込み、最終的には山に感心のない人まで広げていければと考えています。

ーー春山さんが想い描く、日本の山の未来像を教えてください。

春山:国立公園に限らず、人が入ることで山や自然が豊かになる仕組みをどうつくるかが大きなテーマだと思っています。そのためにできることはすごくシンプルで、1日の入山者数をきちんと管理すること。ニュージーランドやアメリカでは当然のように行われていることです。

自然はインパクトが大き過ぎると修復するのに時間がかかりますから、それを防ぐためには、1日に何人入山するかを決めて、自然に負荷をかけないよう管理することが大事になってきます。

そうなると財源も必要だし、維持管理をする人も必要になってくるので、入山料などを取ることで財源を確保しながら、それを登山道整備などを行う技術者に回していくという流れになるでしょう。山の専門職が増えることで、いわゆる都市型の登山道整備ではなく、近自然工法を用いた登山道整備もより広まるでしょうし、持続可能な維持管理の仕方になっていくと思います。

いきなりは難しいかもしれませんが、モデルケースをつくることができれば、5年10年の間にスタンダードになるのではないでしょうか。それに対して、社会でも一定の理解が得られるようになっていったら、すごくいいなと思っています。

この日ともに作業した仲間たちと

日本庭園の考え方の延長といえる近自然工法

ーー「人が入ることで自然が豊かになる」という考え方は今後の日本の山を考える上で、ひとつのキーワードになりそうですね。

春山:日本ほど自然災害に見舞われた歴史を持つ列島はないと思うんですね。地震、津波、水害、火事、土砂崩れ、あらゆる自然災害を経験しているのが日本です。その自然観によって培われたのが「もののあはれ」とか、桜の一瞬の命に美を感じるような感性。日本庭園などはすごく日本的だと思います。どこからが人間の仕事で、どこまでが自然の営みなのかがわからない。これはとても日本的で、近自然工法の考え方も基本的には日本庭園の延長だと思っています。

近自然工法はもともとは河川工事から生まれたもので、自然と闘うのではなく「自然をいなす」という考え方で設計されています。日本人は自然の脅威と常に向き合ってきました。そこで培われた文化や考え方は、気候変動によって世界が自然災害に見舞われるようになったからこそ、発信できると考えています。

ーー確かに日本の自然観は「闘う」ではなく「いなす」だと感じます。

春山:けれど今は、そうした日本が本来持ってきた自然観が失われてきている気がします。自然を感じる暮らしをしていないと、自然を壊すのも早くなります。かつての日本のように、自然に対して祈りのような信仰があれば丁寧に扱おうという気持ちにもなるのでしょうけれど。また日本は自然が豊か過ぎるがゆえに、壊しても復活するというような幻想を持ってしまっているところもある気がします。

ーー最後にこの協会に興味を持ってくださった方々へのメッセージをお願いします。

春山:自然との関わり方の一つが山の整備だと考えています。山を歩くのが好きという方は登山道整備という営みにぜひ関わってみてほしいですね。それによって、山の見え方が変わってくると思います。こうした活動は義務的に行うのではなくて、楽しみながら行うのがいいと思うんです。気になる登山道整備のプログラムを見つけたら、ぜひ一度参加してみてください。

そのきっかけを僕らの協会がつくれたらと思っています。興味を持ってくれた人たちが情報を収集できるハブにしたいと考えています。


インタビュー&文:千葉弓子
写真:YAMAP 
(掲載日=2024年8月)

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